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書誌学

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書誌学者から転送)

書誌学(しょしがく、: Bibliografie: bibliography)とは、書籍を対象とし、その形態・材料用途・内容・成立の変遷などの事柄を科学的・実証的に研究する学問のことである。狭義では、個別の書籍を正確に記述した書誌に関する学問を指す。また「図書学」や「書物学」とも称されることがある[1]

概要

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書誌学が研究対象とする範囲は極めて広く、例えば以下の領域を含む[2]

  1. 図書の定義・範囲・種類・起源・発達など
  2. 図書の物理的側面として料紙や筆墨の材料・形態・装訂・付属物など
  3. 書写および印刷の材料・様式・方法・種類・歴史など
  4. 内容の成立・種類・異同・校勘・校訂・伝来・翻字・影印・出版・流通・変遷・集散など
  5. 図書の整理・分類の方法・目録の編纂とその歴史など
  6. 図書の蒐集・保存・分散などに関する事情・方法・歴史など
  7. 文庫図書館との相違・発達・種別・建築など
  8. 図書に関する法律規則(著作権・出版法・販売権など)
  9. 図書を対象とする各種の企業(編集・印刷・製本・出版・販売・貸本など)

書誌学が研究対象とする図書は、言語学文学などの人文学系に限らず、数学天文学物理学医学薬学などの自然科学系にも関わるので、あらゆる学術分野にわたる[3]。対象とするものに応じて研究の方法や内容は変化するが、いずれにせよ書誌学の目的は、書物という人間の文化的活動において重要な位置を占めるものを総体的に捉えること(すなわち、その書物の成立と伝来を跡づけて、人間の歴史という時間と空間の中に位置づけること)にあるので、制作過程のみならず、「その後どのように読まれてきたか」という享受過程も重要である[4]。書誌学が学問として正当な地位と周知を得るためには、将来に向けて世代を超えて、諸本の蒐集調査、書目の編纂、比較校勘の事業などを、地道に継続して行わなければならない[5]。また、「学説や研究書の特質を正当に評価するためには、書誌学的研究が必要であり、それこそが研究の第一歩である」という意見もある[6]

各国における形成と変容

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日本

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日本では、一般的に江戸時代以前の古典籍について、その成立・装幀・伝来などを含めて、その書籍に関する諸々の事柄を研究・記述する場合に用いられることが多い。

その歴史的な第一歩は、奈良時代の書目編纂に始まる。各大寺の経蔵の所蔵目録や一切経の蔵経目録など、経録(仏典目録)類が盛んに編修された[7]平安時代になると、藤原佐世による漢籍目録の『日本国見在書目録』が現れる[7]。蔵書目録としては、信西による『通憲入道蔵書目録』が見られ、平安末になると、刊本を用いた漢籍の校勘や『万葉集』などの伝本の対校が実施されるようになった[7]鎌倉時代になると、仙覚律師による『万葉集』の校勘がその水準の高さを誇っており、その末期には『本朝書籍目録』という総目録が編纂されている[7]。江戸時代には、山井崑崙近藤正斎狩谷棭斎渋江抽斎森立之らの書誌学の大立者が現われた[8]

日本の近代については、印刷は主に活版で行われ、特有の書誌学的問題を生じさせた[注 1]

中国

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中国における書誌学は、以下の諸学に類した学問か、あるいはその一部、その逆に相互に補完するものとして認識されてきた。

歴代の書目を対照し、巻数や字句の出入を考証し、さらに古籍の出自や真偽を考察して、版本の優劣を見、系統を調査し、古籍の資料的価値を確定する学問。王鳴盛が、その著『十七史商榷』で用いたのが初見である。
校勘学。版本の対校を行い、字句の校訂を行う学問。清朝の章学誠のみは、その著『校讐通義』において、より広い範囲を想定し、「学問や学派の系統までを研究する学問である」と定義している。
書誌学と同義語として用いられるが、やや好事家的な意味合いを含んだ学問として用いられている。
亡佚した古典逸書)を、類書などへの引用文を用いて復原する学問。
清朝伝統の考証学は、1900年前後の重大発現に触発され、その一分派として書誌学を開花させた。

エジプト

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紀元前200年代に、詩人であり学者として活動したカリマコスは、アレクサンドリア図書館の膨大な蔵書の8分類し、目録を作成したことから「書誌学の父」と称される存在となった[9]

英米

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英米での書誌学は、次の3つに大別でき、近年ではこれに「歴史書誌学」が加わる。

  • 分析書誌学(analytical bibliography)(critical bibliography あるいは textual bibliography ともいう。)
個々の図書の物質的形態・生成過程を精緻・詳細に掘り下げる学問。本文校訂の拠り所・ベースとなる。Textual criticismを参照。
  • 記述書誌学(descriptive bibliography)
分析書誌学の成果を記述する作業といってもいい。記述書誌の最高峰は、Greg (1970)である[10]。記述理論書の最高峰は、以下の参考文献にあるBowers (1995)である。[要出典]
  • 列挙書誌学(enumerative bibliography)
一定の原理によって書籍や文書書誌的事項を排列したリスト(書誌・文献の目録)およびその作成法を指す(systematic bibliography ともいう)。英語圏における最大の成果は、いわゆる STC(Jackson, Ferguson & Pantzer (1987)Jackson, Ferguson & Pantzer (1976)Jackson, Ferguson & Pantzer (1991))である。[要出典]初版が1926年。1986年に全面改定版(3冊本)が出た[10]
  • 歴史書誌学(historical bibliography)
歴史書誌学は、新しい概念の書誌学で、フランスの「書物史」に近いものであると考えて差しつかえない。その旗手はD.F. McKenzie [11]である。[要出典]

主な書誌学者

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脚注

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注釈

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  1. ^ 問題点のありかは、山下 (2014)を参照。

出典

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  1. ^ 斯道文庫 (2023), p. 2.
  2. ^ 斯道文庫 (2023), pp. 3–4.
  3. ^ 斯道文庫 (2023), p. 3.
  4. ^ 堀川 (2010), p. 6.
  5. ^ 斯道文庫 (2023), p. 5.
  6. ^ 岡田希雄 (1934), p. 99.
  7. ^ a b c d 藤井 (1991), p. 3.
  8. ^ 藤井 (1991), pp. 10–12.
  9. ^ レオン (2009), p. 117.
  10. ^ a b Past Publications” (英語). The Biblographical Society. 2019年6月23日閲覧。
  11. ^ Ian Gadd; Martin Moonie (1998年5月21日). “The Unofficial D.F. McKenzie Home Page” (英語). University of Oxford. 2016年10月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。

参考文献

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図書
  • 慶應義塾大学附属研究所斯道文庫 編『図説書誌学:古典籍を学ぶ』(訂正新版)勉誠社、2023年11月。ISBN 978-4-585-30010-6 
  • 堀川貴司『書誌学入門:古典籍を見る・知る・読む』勉誠出版、2010年3月。ISBN 978-4-585-20001-7 
  • 藤井隆『日本古典書誌学総説』和泉書院、1991年4月。ISBN 4-87088-472-0 
  • 山下浩『本文の生態学 漱石・鴎外・芥川』日本エディタースクール出版部、1993年6月。ISBN 978-4-88888-206-4 
  • ヴィッキー・レオン『図説古代仕事大全』本村凌二 日本語版監修、原書房、2009年10月。ISBN 978-4-562-04525-9 
論文
  • 岡田希雄「國語學國語學史の書誌學的研究」『立命館文學』第1巻第7号、1934年7月、71-101頁。 
  • 山田忠雄「国語学における書誌的方法について:特に文語研究よりみたる」『国語と国文学』第25巻第3号、至文堂、1948年3月、44-59頁。 
  • 山下浩「ロングインタビュー『漱石全集』をめぐって」『漱石研究』第3号、翰林書房、1994年11月20日、184-204頁、ISBN 978-4-906424-60-3 
その他

関連文献

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関連項目

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外部リンク

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