野菜中心の食生活は間違いなく健康的だが、人間の身体に欠かせない特定のアミノ酸やペプチドのなかには動物にしか含まれないものもある。
例えば、筋肉のエネルギー供給に不可欠なクレアチンや、酸化ストレスによる細胞の損傷を防いでくれるカルノシン、体内の機能を正常に保つタウリンは植物にはほとんど含まれておらず、外部から摂取するには肉や魚といった動物性食品やサプリメントに頼らざるを得ない。なお、クレアチンとタウリンは人間の体内でも合成できる。
そこで中国の研究者たちは、こうした動物由来のアミノ酸誘導体を植物内で合成する技術を開発した。まだ概念実証の段階ではあるが、一定の実現可能性を示している。
植物を使った“バイオファクトリー”に
アメリカ化学会によると、これまで研究者たちはバクテリアを使って、さまざまなアミノ酸やペプチド、タンパク質などの生成を命令する遺伝子を含むDNAを植物の細胞に移植してきた。これにより、骨量の減少を抑制するペプチド成分を含むレタスの開発に成功している。
しかし、より複雑な化合物を生成させようとすると、導入されたDNAが宿主である植物の代謝に影響を与えてしまい、生成効率が低下する可能性があるという。そこで浙江大学の范鵬祥(ファン・ペンシアン)らの研究チームは、意図した化合物だけでなく、それを構成する分子も一緒に生成する指令を、組み合わせ可能な合成モジュールとして導入する方法を考案した。
研究チームは今回、合成生物学の研究でよく用いられるベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)というタバコに似た植物を使って、クレアチン、カルノシン、タウリンの生成を試みた。その結果、クレアチンの合成に必要な2つの遺伝子を含むモジュールを使って、1gのベンサミアナタバコから2.3μgのクレアチンが生成できた。
カルノシンは、カルノシン合成用モジュールと、ペプチドの構成要素である2つのアミノ酸のうちのひとつ、β-アラニンを生成するモジュールを組み合わせることで生成した。ベンサミアナタバコには、もともと少量のβ-アラニンが含まれており、β-アラニンの合成モジュールを追加することでカルノシンの生成量が3.8倍に増加したという。
一方、同様に複数の合成モジュールを組み合わせるかたちでタウリンの生成も試みたが、こちらの結果は芳しくなかった。ベンサミアナタバコの代謝が大きく乱れてしまい、正常な状態の代謝に戻そうとする過程でタウリンの生成量が減少してしまったのだ。
今回の研究は、通常は動物からしか摂取できない貴重な栄養素を、植物内で効率的に生成するための有効な枠組みを示した。将来的には果物や野菜のほか、持続可能なかたちで栄養素を生産できるバイオファクトリーとして機能する植物の開発につながる可能性があると、研究者たちは期待している。
(Edited by Daisuke Takimoto)
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