ディープテックスタートアップが事業会社・CVCから出資を受ける際に知っておきたいこと
1. はじめに: 存在感を増すCVC
こんにちは、ANRIの土本(@Tsuchi_noco_)です。
ディープテックスタートアップ、特に素材などのハードウェアの研究開発を行うスタートアップに対する注目は年々高まっているものの、VC業界全体ではインターネット領域と比較して投資家の選択肢が少ないのが現状です。そのため、特に素材やハードウェアの領域で大企業が強い日本において、Corporate Venture Capital (CVC)や直接投資を検討する事業会社を巻き込んでいくことは重要です。また、CVCの投資件数自体も増加傾向であり、個人的な肌感覚でもディープテックへ投資をしたいCVCは増えている感触があります。
また領域で区切って見た場合にも、深い”死の谷”を越えるパートナーとして事業会社は不可欠に近い存在です。全世界的に見てもCVCの活動が特に気候変動の領域で活発であることが指摘されている他、以前の記事でも紹介したように、CVCとは異なりますが気候変動分野のトップランナーであるBreakthrough Energyも事業会社との連携を加速させるCatalystプログラムをVC投資と並行して展開しています。
CVCと独立系VCでは、意思決定の判断軸や投資前後のスタートアップとの関わり方に差がある場合があります。
そのため今回は、特にディープテックスタートアップが事業会社・CVCと上手に付き合うために知っておきたい基本的な点を、最近の経産省のレポートなども参考にしながら紹介したいと思います。最後には気候変動分野で投資を行うCVCの事例もご紹介します。
2. CVCの投資判断について: 財務リターンと戦略リターン
CVCは独立系VCと異なり、キャピタルゲイン(= 財務リターン)だけでなく本業とのシナジーでもリターンを得ることができ、これは財務リターンに対して戦略リターンと呼ばれます。
CVCによって戦略リターンをどれくらい重視するかのスタンスは多様です。私が直接見聞きした範囲でも(1)具体的な業務提携が前提、(2)将来的なポテンシャルシナジーが見込めればOK、(3)テーマに沿っていればシナジーは重視せず財務リターンを重視等、CVCによって戦略リターンへの期待値は様々なので、検討初期の擦り合わせが重要です。
戦略リターンを重視するCVCの特徴
投資検討においては、戦略リターン重視型のCVCは検討にかかる時間が長い傾向があると指摘されています。First CVCのレポートでは、検討が2-3ヶ月以上かかると回答した投資家は財務リターン重視型だと35%ですが、戦略リターン重視型では76%と2倍以上になっています。提携を前提とする場合、事業会社本体側での評価が検討フローに入るケースがあることが一つの要因と考えられます。
業務提携についてはスタートアップにとっても有用なものとなりうる一方で、スタートアップと戦略リターン重視の事業会社とではインセンティブが異なる可能性には注意しなければなりません。スタートアップ側はコアとなる特許等優位性の帰属は慎重に決定するなど、自社の成長を妨げるリスクを軽減するよう意識する必要があります。経産省のガイドラインではオレンジの実と皮を分け合うマーマレード分配という言葉で、Win-Winな提携の形が説明されています。マーマレード分配にはスタートアップ側にコアとなる優位性があることが前提になるため、優位性が確立できていない状態での早すぎる提携は慎重に行う必要があります。
3. 上手な連携のために
「色が付く」に対する考え方
スタートアップがCVCからの出資を検討する際の論点として、「色が付く」、すなわち出資CVC本体の競合企業からの出資やその他提携が進みにくくなる可能性がある点がよく検討されます。
この点に関してはCoral Capitalさんの記事で、単一ではなく複数の競合企業から出資を受けることが回避策として紹介されています。海外事例にはなりますが、蓄電池スタートアップのNorthvoltはVolkswagenがリードするラウンドでBMWからも出資を受け、その後Volvoとのジョイントベンチャー設立も行なっています。また、直接空気回収(DAC)のCarbon Engineeringも初期のラウンドでChevronとOccidentalのCVCがco-leadで出資しています。その業界で広く提携を展開していきたい場合は1社ではなく2社以上から出資を受けるのがベターと言えそうです。
一方で、3DプリンタのDesktop Metalのケースでは、General ElectricやSaudi Aramco、GoogleやBMWなどいくつかの業界の大手CVC各1社から出資を受けています。適用範囲が広い技術であれば、同業界からの2社以上からの出資に拘る必要性は下がるのかもしれません。
情報コンタミネーション
提携を通じた戦略リターンがあるということは、同時に競合関係になってしまう可能性も考慮する必要があります。投資検討後に事業会社側が出資をせず、近しい技術やサービスを自社開発してトラブルになる事例もあるため、事業会社との投資検討ではよりNDAの締結が重要となります。またNDAを結んだとしても、製品開発はブラックボックス的であり情報を使用したこともしていないことも立証が難しいケースがあるため、そもそも安易に情報を渡さない(投資家側は安易に情報を要求しない)ことも重要です。相手を信用するからこそ、お互いに気持ちよく事業推進できるように、情報の取り扱いは丁寧に行いましょう。
こうした情報コンタミネーションが起こりやすくなってしまう背景については、弁護士知財ネットの記事では以下のように説明されています。投資検討時点では目の前のレイズに集中してリスク管理が疎かになる可能性があるため、こうした背景から理解した上で意識しておくことが重要です。
情報コンタミネーションは共同研究等の文脈でも問題視されており、2021年に公正取引委員会から出されたガイドラインではバックグラウンド情報の範囲の明確化が推奨されています。
4. 気候変動スタートアップに出資する事業会社・CVC
最後に、海外も含め気候変動分野でスタートアップへ出資を行っている事業会社やCVCにはどのような会社があるのかご紹介します。
欧州のテック系VCの2150とContrarian Venturesがまとめた気候変動領域へ投資するVCのランキングでは50社のうち16社がCVCとしてランクインしています。特に目立つのはShell、Aramco、Equinor、Chevronといったエネルギー系の企業やTOYOTA、BMWといった自動車メーカーのCVCです。
TOYOTA Venturesはリチウムイオン電池の電極作成技術を開発するAM batteries社のように自身の事業に近しいものだけでなく、土壌中の炭素貯蔵量を測定するYard Stick社やリジェネラティブ農業によるクレジット創出を行うNori社など脱炭素領域に広く投資を行っています。二酸化炭素排出が問題視されやすい自動車産業であるため、広く製造工程の脱炭素化やクレジット創出を目的とした緩めの戦略リターンを期待しているように見えます。
二酸化炭素を直接的に排出しやすいプレーヤーのCVCは、排出削減に直結するスタートアップへの投資に注力しています。Shell Venturesは2023年7月に航空会社CVCのJetBlue Ventures社や同じく石油エネルギー会社のConocoPhillips社と共同で二酸化炭素回収技術を開発するAvnos社に投資しています。このケースではより提携を目指した強めの戦略リターンを期待しているように見えます。
シナジーが強い場合はM&Aにつながるケースもあります。DAC(直接空気回収)を開発するCarbon Engineering社が今年2023年8月に$1.1BでOccidental社に買収され話題となりました。これは遡ること4年半前、2019年1月に行われたシリーズAラウンドにおいてOccidental社のCVCであるOxy Low Carbon Venturesが投資したことがきっかけと考えられます。
グローバルで気候変動領域に投資を行っている国内企業として興味深いのは三菱重工です。Electric Hydrogen社やC-Zero社へ米国法人を通して行った投資では、Breakthrough Energy Ventures等の海外のTop Tier VCと共同で出資を行なっています。
現状では日本の企業であっても北米や欧州での出資がメインのケースが多いですが、今後国内でも成長したスタートアップが増えてくれば国内外の事業会社が出資する流れが加速すると期待しています。
5. お知らせ
ANRIはディープデックスタートアップに積極的に投資を行っており、特にGREENファンドからは核融合のEx-Fusion社や蓄電池のQuino Energy社など脱炭素に資する技術を持つ会社へ投資を行っています。
投資検討だけでなく、起業のご相談など気軽にご相談(X, Facebook)ください!最近この領域で起業してみたいという方からのご相談を受ける機会が増えてきています。また、この記事で触れているCVCの方とも是非情報交換させていただけると嬉しいです!