SZ MEMBERSHIP

120歳を超えて生きるための秘訣?──体内のナノロボットだ

未来学者のレイ・カーツワイルは、AIの指数関数的な発展を予言した2005年の著書『シンギュラリティは近い』の続編にあたる最新刊『The Singularity Is Nearer(シンギュラリティはさらに近い)』で、不老不死への道筋をさらに強気に描いてみせる。
120歳を超えて生きるための秘訣?──体内のナノロボットだ
PHOTO-ILLUSTRATION: WIRED STAFF; GETTY IMAGES

※レイ・カーツワイル新著『The Singularity Is Nearer』(邦訳はNHK出版より今秋刊行予定)の第6章「これからの30年間の健康と幸福」からの一部転載。


わたしたちはいま、寿命を延ばす最初の世代の後半段階にいるのだ。ここには、薬剤と栄養に関する現在の知見を使って健康への課題を克服しようとすることも含まれる。これは進歩しつづけるプロセスで、新しいアイデアを常に適用しており、わたしが数十年間実践している養生法の基礎となっている。

2020年代には、バイオテクノロジー人工知能(AI)が融合した寿命延長の第2フェーズが始まっている。そこには、コンピューターを使った生物学的シミュレーションによって画期的な治療法を開発し、試すことも含まれる。すでにこれの初期段階は始まっていて、これらの手法によりわたしたちは新しい有力な治療法を、数年かかるのではなく数日で見つけることが可能になる。

2030年代は寿命延長にかかる第3の橋を案内する。そこではナノテクノロジーを利用して、人間の生物学的臓器の限界を克服する。このフェーズに入れば、わたしたちは寿命を大きく延ばし、120歳という人間の長寿の限界を大きく超えられるだろう

The Singularity Is Nearer(シンギュラリティはさらに近い)』レイ・カーツワイル著(邦訳はNHK出版より今秋刊行予定)

現在のところ、きちんとした記録があって120歳を超えて生きたことがわかっているのは唯一、ジャンヌ・カルマンというフランス人女性で122歳まで生きた。人間にはどうしてそんなに厳格な寿命の限界があるのだろうか? ひとつの意見は、統計的にその年齢を超えられないと考える。高齢者は毎年、アルツハイマー病や脳卒中、心臓発作、ガンなどのリスクにさらされるので、長年それが続けば、結局どれかで死に至るのだ、と。だが、実際はそうではない。保険数理データによると、90歳から110歳の人は毎年死ぬ確率が2%ずつしか上がらないのだ。例えば、97歳の米国人男性は1年以内に死ぬ確率が30%だが、無事98歳になったときに99歳までに死ぬ確率は32%になるだけだ。だが110歳から先は、死ぬ確率が毎年3.5%上がっていく。

この数字については医師からひとつの説明がなされた。110歳という最高齢の年齢に近くなれば、体が壊れはじめるので、年少の高齢者が年をとるのとは質的に異なるものなのだ、と。スーパーセンテナリアン(110歳以上の人)の老化は、それより若い人の老化とは種類が違い、後期成人期の統計学的リスクが続くものでも、悪化するものでもない。もちろんスーパーセンテナリアンも通常の病気によるリスクがある(だが、リスクの悪化速度は遅くなりうる)が、それに加えて、腎不全や呼吸器不全などの新たなリスクに直面することになるのだ。リスクが同時に発生することもしばしばあって、それは生活様式の問題や何らかの病気になったから起こるものではない。単に体が壊れはじめるようなのだ。

この10年間、科学者や投資家は老化の謎を解明することにそれまで以上に真剣な注意を向けている。この分野で先頭を走る一人は、生物老年学者で〈LEV(寿命脱出速度)財団〉の創設者であるオーブリー・デ・グレイだ。デ・グレイは、老化とは自動車のエンジンが摩耗することに似ている、と言う。クルマのエンジンは、そのシステムを通常に使っていくなかでダメージが蓄積していく。人間の体の場合は、ダメージは主に細胞代謝(生きていくためにエネルギーを使う)と細胞複製(自己複製のメカニズム)のふたつから生じる。代謝は細胞の中とまわりにゴミを発生させ、ダメージは酸化(クルマのさびとよく似ている)を通じて、たまっていく。

若いときの体はこうしたゴミをとり除き、ダメージを修復することを効果的に実行できた。だが年をとってくると、大半の細胞が複製をくり返すなかで、エラーが蓄積していく。最後には修復が追いつかないほどダメージが早くたまっていくのだ。

70代から90代の人にとって、このダメージはひとつの致命的な問題をひき起こすかもしれないが、複数の問題の原因となりうるのはもっと長い時間が経ってからのことになる。だから科学の進歩によって、80歳の人にとって致死的となるガンを治せる薬が開発されれば、その人はほかの病気で死ぬまでに10年近く生きられるだろう。だが最後にはすべてが一度に壊れていき、老化のダメージによる症状を効果的に治せなくなるのだ。そこで、長寿の研究者は、唯一の解決策は老化自体を治すことだと主張する。デ・グレイの立ちあげたSENS(加齢をとるに足りないものにするための工学的戦略)研究財団は、それを実現する詳しい研究目標を提案している(すべてをなし遂げるには数十年を要することは確実だ)。

要するにわたしたちが必要としているのは、個々の細胞や組織の一部において老化から来るダメージを修復する能力だ。それを獲得する方法はいくつも考えられるが、最も有望かつ最終的な解決策は、人体に入り、直接ダメージを治すナノロボットだ。これで人間が不死になるわけではない。事故や災難で命を落とすことは変わらずにある。それでも加齢による死のリスクが年々、増えていくことはないので、多くの人が120歳を過ぎても健康に生きられるだろう。

これらのテクノロジーから恩恵を得るのに、その成熟を待つ必要はない。抗老化研究が、1年につきあなたの余命を少なくとも1年延ばせるようになるまで生きていられれば、ナノ医療が老化の残りの問題を解決するまでの時間が稼げるのだ。これが寿命脱出速度である。デ・グレイは、1,000歳まで生きる最初の人間はすでに生まれている、と衝撃的な発言をしたが、健全な論理に思える。2050年のナノテクノロジーが100歳の老化の問題を解決できるほど進歩していれば、150歳まで生きられる時代が始まり、2100年までには、新しい問題が発生しても解決できるようになる。研究においてはAIが主要な役割を演じ、進歩は指数関数的になるだろう。たとえ、この予測が仰天するようなもので、わたしたちの直線的思考に基づく直感はそれをバカげた話だと思ったとしても、これが起こりうる未来だと考えるちゃんとした根拠があるのだ。

寿命の延長については何年ものあいだ、わたしは多くの発言をしてきたが、異議を唱えられることもよくある。病気によって急に人生が終わった人の話を聞くと、人々は心を乱されるが、全人類の寿命が延びる可能性に直面すると、否定的な反応をするのだ。「人生はとても難しいものだから、それが永遠に続くことなど考えられない」というのが一般的な反応だ。だが通常、人々は肉体や精神がひどい痛みにあるときでない限り、命が終わることを望まない。第4章で詳しく話したが、あらゆる面で人生がよくなっていて、そのことに夢中ならば、ほとんどの苦痛は緩和されるはずだ。それゆえに寿命伸長は人生を大いに改善することを意味するのだ。

寿命が延びれば生活の質が向上することを想像してもらうために、1世紀前の状況を考えてみよう。1924年、米国の平均寿命は58.5歳だったので、その年に生まれた子どもは、統計的には1982年に死ぬと予想された。ところが、その58年のあいだに医学が大いに進歩したので、多くの人が2000年代、2010年代まで生きた。寿命が延びたおかげで、仕事を辞めたあとの人生では、安い航空会社や安全性の増したクルマ、ケーブルテレビ、インターネットを楽しむことができた。

2024年に生まれた子どもが年齢を重ねるあいだに起こるテクノロジーの進歩は、1世紀前に比べると、指数関数的にペースが速いだろう。物質的な利点が大いにつけ加わるほかに、寿命が延びた期間に生みだされた芸術や音楽、文学、テレビ、コンピューターゲームを楽しむことができるので、この世代はより豊かな文化を享受できるのだ。おそらく最も重要なことは、家族や友人、愛する人、愛してくれる人と過ごせる時間が長くなることだ。私見では、これこそが人生に最大の意味を与えてくれるのだ。

実際はどのようにしてナノテクノロジーは寿命伸長を可能にするのだろうか? その長期的なゴールは医療用ナノロボットだ、とわたしは考えている。それは、ダイヤモンドイドの本体にオンボードセンサー、ロボットアーム、コンピューター、通信装置、そしておそらく電源をつけたナノスケールのロボットだ。わたしたちは、小さな金属製のロボット潜水艦で音を立てながら血液の中を進んでいく姿を想像しがちだが、ナノスケールの物理学はかなり異なるアプローチを要求する。ナノスケールにおいては、水は強力な溶媒(他の成分を溶かしている物質)であり、酸化分子は反応性が高いので、ダイヤモンドイドのような強い物質が必要となるのだ。

現実の潜水艦は水の中をプロペラでスムーズに進んでいくが、ナノスケールの世界における液体動力学は、粘りけのある摩擦力に支配されている。つまり、ピーナッツバターの中を泳ごうとしているようなものだ。だからナノロボットは異なる推進力原理を採用する必要がある。また、充分な電源を搭載できないだろうし、単独でタスクをこなすだけのコンピューター能力ももてないだろうから、周囲からエネルギーをひき出せるようにし、そして、外部からの制御信号に従うか、ほかのコンピューターと協働できるように設計しなければならない。

体を維持し、ほかの健康問題に対処するためには、細胞サイズのナノロボットが膨大な数必要になる。人間の体にある細胞は数十兆というのが、現在もっとも有効な推算であり、細胞100個につき1個のナノロボットを用意するとなると、数千億個が必要になる。ただ細胞とナノロボットの最適な割合はまだわからない。ナノロボットの性能が上がれば、必要な数は数桁も変わるかもしれない。

老化の大きな影響のひとつは、臓器の働きが衰えることなので、ナノロボットの主な役割は臓器の修復と増強にある。第2章で話した大脳新皮質の拡張とは異なり、この方法は、非感覚的な臓器を助けて、効果的に物質を血液やリンパ系に送りこむか、そこからとり去ることにある。例えば、肺は酸素を吸って、二酸化炭素をはき出す。肝臓と腎臓は毒素を排除する。消化管全体は栄養素を血液に送る。膵臓がホルモンを生産するように、さまざまな臓器が代謝をコントロールしている。ホルモンレベルが変化すれば、糖尿病などの病気になりうる(本当の膵臓のように、血中のインシュリンレベルを測定して、インシュリンを血流に投入する装置がすでに開発されている)。重要物質の供給を監視して、必要に応じてそのレベルを調整し、臓器の構造を維持することで、ナノロボットは人の体をいつまでも健康に保つことができる。最終的には、必要か望むならば、生物学的臓器全部にとって代わることも可能になるだろう。

しかし、ナノロボットの働きは、体の正常な機能を維持することに限定されない。血液中にあるさまざまな物質の濃度を調節し、最適な値にして、通常の体の状態を変えるためにも使える。ホルモンを微調整すれば、わたしたちはより多くのエネルギーや集中力が得られるし、体の自然治癒や修復を早めることができる。ホルモンを最適化することでより効果的に寝られるようになれば、それは「寿命伸長の裏口」の効果となるだろう。もしも8時間の睡眠が必要なところを7時間に短縮できれば、一生のあいだに約5年分起きている時間が増えるのだ。

体のメンテナンスや最適化にナノロボットを使えば、最後には主な病気が生じる前に防げるようになる。ナノロボットが個々の細胞を選択的に修復したり、破壊したりできるならば、わたしたちは人間をつかさどる生物学を完璧に習得して、医療は長く熱望した精密科学になれるのだ。

これが可能になるときには、人間の遺伝子も完璧に制御できているだろう。自然の状態の人間の細胞は、細胞核にあるDNAをコピーすることで複製をつくる。細胞のグループ内でDNA配列に問題があれば、すべての細胞のDNAをアップデートすることなしには問題に対処する方法はない。これは強化していない生物学的組織の長所である。なぜなら、個々の細胞内でランダムな変異が起きても、体全体に致命的なダメージを与える原因とはなりにくいからだ。もしもわたしたちの体にあるひとつの細胞が突然変異を起こしたときに、それを瞬時にほかのすべての細胞にコピーするならば、わたしたちは生き残ることができない。非集中化によって生物は頑健性を得るが、人間にとっては大きな試練にもなっている。なぜなら、わたしたちは個々の細胞のDNAならばかなり上手に編集できるが、体全体のDNAを効果的に編集するために必要なナノテクノロジーをまだ習得していないからだ。

もしも多くの電気システムのように、中央管理サーバーが各細胞のDNAコードを管理していれば、その中央管理サーバーからアップデートするだけでDNAコードを変更できる。これにより各細胞核をナノエンジニアリングでつくった核で増強するシステムができる。中央管理サーバーからDNAコードを教えられた各細胞はそのコードからアミノ酸配列をつくる。わたしがここで簡潔に「中央管理サーバー」と呼んでいるものは、集中型の通信アーキテクチャなのだが、だからといって1台のコンピューターからすべてのナノロボットに指示を出すことは意味しない。ナノエンジニアリングの物理的課題を考えると、もっと局在化された通信システムが望ましいという答えになるだろう。たとえ、ナノスケールより大きなマイクロスケールの制御装置が数百、数千と、わたしたちの体のまわりにセットされるとしても(その大きさは、すべてを制御するコンピューターを備えた複雑な通信機くらいになるだろう)、数十兆の細胞が独立して動いている現状よりは桁違いに集中化できることになるのだ。

リボソームなどのタンパク質合成系の他の部分は同じ方法で増強できる。このやり方で、ガンや遺伝性疾患の原因となる機能不全のDNAを、単純に活動できなくさせられる。このプロセスを維持するナノコンピューターはまた、エピジェネティックス(遺伝子の発現と活性化を制御するシステム)を支配する生物学的アルゴリズムも実行する。2020年代前半の現在は、遺伝子発現について学ぶことがまだたくさんある。しかし、ナノテクノロジーが成熟するときまでに、AIによって充分に詳しくシミュレートできるようになり、ナノロボットが遺伝子発現を正しく調節できるはずだ。この技術を利用すれば、老化の主原因になっているDNA転写エラーの蓄積を、予防できるか逆に減らせるようになる。

ナノロボットはまた、体に対する緊急の脅威を無効にすることに使える。細菌やウイルスを殺し、自己免疫反応を止め、動脈の詰まりを解消する。実際のところ、近年のスタンフォード大学とミシガン州立大学の共同研究では、発明したナノ粒子が動脈硬化性プラークの原因となる単核白血球やマクロファージを見つけて殺すことに成功した。賢いナノロボットははるかに効果的だ。当初はそうした治療は人間により遂行されるだろうが、最終的にはナノロボットが自律的に実行するようになる。自分の任務を実行し、制御しているAIインターフェイスを経由して、活動内容を人間のモニターに報告するのだ。

AIの能力が高くなり、人間に関する生物学を理解できるようになれば、ナノロボットを人体に送りこんで、現在の医師が発見するよりもはるか前に、細胞レベルで生じる問題に対処できるようになる。多くの場合で、2023年にはまだ説明できていない体の不調を予防できるだろう。例えば今日、虚血性脳梗塞の約25%が「原因不明」、つまり、原因を検出できていない。だが、発生している限り、何か理由があるはずだ。ナノロボットが血流内をパトロールすれば、脳梗塞の原因となる血栓をつくる危険性のある小さなプラークや構造的な問題点を発見して、血栓を壊したり、脳梗塞が密かに進行していることを警告したりできるのだ。

だがホルモン最適化と同じように、ナノ物質は通常の身体機能を維持するだけでなく、強化によって生物学的能力を超えさせることもできる。生物学的システムはタンパク質で構成されているために、力とスピードには限度がある。そのタンパク質は3次元だが、アミノ酸の1次元の鎖が原因で、折りたたまざるをえない。だが、工学的なナノ物質にはその制限はない。ダイヤモンドイドの歯車とローター(回転部)でつくられたナノロボットは生物学的物質よりも何千倍も速くて頑丈であるうえに、最適な活動ができるように一から設計されている。

こうした利点を活かせば、血液の供給さえもナノロボットが代わりに行なえるかもしれない。シンギュラリティ・ユニバーシティ・ナノテクノロジーの創設者で共同議長のロバート・フレイタスは、ナノロボットの一種である「レスピロサイト」という人工赤血球を設計した。フレイタスの計算では、レスピロサイトを血流に投入すれば、4時間呼吸をしなくても大丈夫だという。わたしたちは人工赤血球のほかに、いつかは人工肺をつくれるようになるだろう。それは人体の呼吸器系よりも効率的に酸素を送りこむことができる。そして、最終的にはナノ物質から人工心臓がつくられ、それならば、心臓発作になることはなく、外傷由来の心不全も大きく減るだろう。

人体においてナノテクノロジーが果たすもっとも重要な役割は、脳の拡張だ。最終的には脳の99.9%以上が非生物学的なものになるだろう。それが起こるにはふたつのルートがある。ひとつは、脳の組織自体にナノロボットを徐々に入れていくことで、ダメージの修復や機能しなくなったニューロンの代わりとして使われるだろう。もうひとつは、脳とコンピューターを接続することで、それによりわたしたちの思考で機械をコントロールする能力が得られるほかに、クラウド上にあるデジタルの大脳新皮質の層と統合することができる。後者については、第2章でくわしく話しているが、単に記憶力がよくなる、思考が速くなるというレベルをはるかに超えることが起きる。

進んだバーチャル大脳新皮質は、わたしたちが現在、理解できる以上に、複雑で抽象的に考える能力を与えてくれる。ちょっとぼやっとしたたとえになるが、10次元の形を直感ではっきりとイメージして、理論づけができるところを想像してもらいたい。その種の器用さは、認知機能の多くの領域で有効だろう。比較してみよう。大脳皮質(主に大脳新皮質からなる)は容量が0.5リットルで、平均して160億のニューロンがある。ラルフ・マークルが設計したナノスケールの機械的コンピューティングシステムについては、この章ですでに触れたが、それならば理論上は同じ容量に80×10の18乗の論理ゲートを収められるのだ。そして、速度の利点は大きい。ほ乳類のニューロン発火における電気化学的スイッチング速度はおそらく1秒間に1桁以内だろう。一方、ナノ加工のコンピューターは1秒間に1億~10億回の計算回数になる。たとえ実用においてはそのごく一部の能力しか出せなくても、人間の脳のデジタルの部分として(非生物学的なコンピュータの回路基板の上に蓄えられる)、生物の脳よりも数字と性能の両面で大きく上まわるのだ。

ニューロンレベルにおける人間の脳内の計算能力は、1秒あたり10の14乗回になる、としたわたしの推算を思い出してもらいたい。2023年に1,000ドルに相当するコンピューターの計算能力は1秒あたり130兆回にまでなっている。2000年から2023年までの平均の伸び率から計算すると、2053年には1,000ドル(2023年のドル換算)で、強化していない人間の脳に比べて700万倍以上の計算能力をもつことになる。わたしは、人間の意識をデジタル化するには脳のニューロンのごく一部を使えば済むと考えているが(例えば、体の臓器の活動を支配する多くの細胞はシミュレートする必要がないなど)、それが正しければ、達成は数年早まるだろう。

一方、意識をデジタル化するために、すべてのニューロンにあるすべてのタンパク質までもシミュレートする必要があるとしても(わたしはそうは思わないが)、数十年待てば金額的に可能になるだろうし、いま生きている人々の多くが存命中にそれは起きるはずだ。言い換えれば、この未来は基本的に指数関数的成長に頼っているので、お手頃な値段で自分をデジタル化できるという仮定が大きく違ったとしても、その画期的な出来事が起こる日にちは大きくは変わらないのだ。

2040年代と2050年代に、わたしたちは体と脳をつくり直し、生物学的体ができることをはるかに超えていき、自らのバックアップもでき、長く生きられるようになる。ナノテクノロジーがうまくいき始めれば、わたしたちは望むままに最適な体をつくれる。より速くより長く走ることができ、魚のように海中を泳ぎ呼吸をし、翼をつけることさえできる。数百万倍も速く考えることができるが、もっとも重要なのは、わたしたちの生存は、自分の生物学的体が生きることに頼らなくてもよくなることなのだ。

(Originally published on wired.com, translated by Noriaki Takahashi, Edited by Michiaki Matsushima)

※『WIRED』によるシンギュラリティの関連記事はこちら


Related Articles
Image may contain: Raymond Kurzweil, Adult, Person, Accessories, Glasses, Officer, and Police Officer
著書『シンギュラリティは近い』によって来たるべき技術的特異点の到来を先見した有名な未来学者は、世界と自分自身の運命についていまでも人間離れした楽観的な考えをもっている。そして、シンギュラリティはあっという間にやってくると考えているのだ。
article image
「無知の知」を唱えたのは古代ギリシアのソクラテスだけれど、いまや哲学者ばかりか脳科学者やAI研究者までもが「意識のありか」を探求してる。今週、東京で開催された国際意識学会ASSC27からこの大問題の現在地を考えるSZ会員向けニュースレター。
article image
最新のテクノロジーをビジネスやクリエイティブに活用する上で「技術哲学」は必須の教養だ。日本的なテクノロジー観としてしばしば言及されるアニミズムやドラえもんだが、これが本当に、日本の“宇宙技芸”なのだろうかと問う連載の第9回。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.53
「Spatial × Computing」 好評発売中!

実空間とデジタル情報をシームレスに統合することで、情報をインタラクティブに制御できる「体験空間」を生み出す技術。または、あらゆるクリエイティビティに2次元(2D)から3次元(3D)へのパラダイムシフトを要請するトリガー。あるいは、ヒトと空間の間に“コンピューター”が介在することによって拡がる、すべての可能性──。それが『WIRED』日本版が考える「空間コンピューティング」の“フレーム”。情報や体験が「スクリーン(2D)」から「空間(3D)」へと拡がることで(つまり「新しいメディアの発生」によって)、個人や社会は、今後、いかなる変容と向き合うことになるのか。その可能性を、総力を挙げて探る! 詳細はこちら