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ジェリー・クーズマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジェリー・クーズマン
Jerry Koosman
ニューヨーク・メッツ時代
(1971年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミネソタ州アップルトン
生年月日 (1942-12-23) 1942年12月23日(81歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
208 lb =約94.3 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 1964年
初出場 1967年4月14日
最終出場 1985年8月21日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェローム・マーティン・クーズマンJerome Martin Koosman, 1942年12月23日 - )は、MLBの元選手。ポジションは投手アメリカ合衆国ミネソタ州アップルトン出身。

経歴

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ニューヨーク・メッツ時代

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1964年8月27日ニューヨーク・メッツと契約。1967年4月14日フィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャーデビュー。1968年4月11日ロサンゼルス・ドジャース戦でメジャー初勝利を完封で飾る。前半戦で11勝4敗・防御率1.94を記録し、オールスターゲームに初選出される。シーズン通算で19勝12敗・防御率2.08・7完封を記録し、チームメートのトム・シーバーが前年ルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞した時の成績を上回ったが、投票ではジョニー・ベンチに僅差で敗れた。

エクスパンションによって4球団が誕生し、東西2地区制となった1969年は序盤で故障離脱。復帰後は5月28日サンディエゴ・パドレス戦では勝利こそ付かなかったが、10回を無失点15奪三振と好投するなど好調を維持し、2年連続のオールスターゲームに選出される。17勝9敗・防御率2.28を記録し、チームは地区優勝に大きく貢献。アトランタ・ブレーブスとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第2戦に先発し、大量リードの5回2死から突如崩れて降板するがチームは勝利し、3連勝で球団創設以来初のリーグ優勝。ボルチモア・オリオールズとのワールドシリーズでは第2戦に先発し、6回まで無安打に抑えるなど9回途中2安打1失点と好投し勝利投手。王手をかけて迎えた第5戦では投手のデーブ・マクナリーに本塁打を浴びるなど3点を先取されるが、その後立ち直って味方の逆転を呼び、3失点完投勝利でワールドチャンピオンに輝いた。同年のメッツの躍進は「ミラクル・メッツ」と呼ばれた。

その後1976年までの7年間で6度の二桁勝利を記録。1976年には初の20勝となる21勝を挙げ、奪三振も200をマークし、サイ・ヤング賞の投票でもランディ・ジョーンズ(パドレス)に次ぐ2位に入った。しかし1977年にチームはエースのシーバー、主砲デーブ・キングマンらの主力を放出して一気に弱体化し、防御率3.49ながら終盤に9連敗を喫するなど、リーグ最多の20敗を喫した。1978年も防御率3.75ながら3勝15敗に終わり、12月8日に後日発表のジェシー・オロスコ他1選手との交換トレードで故郷のミネソタ・ツインズへ移籍。

移籍後、引退まで

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移籍1年目の1979年は3年ぶりの20勝を挙げて復活を遂げ、翌1980年も16勝を挙げる。1981年8月30日に後日発表の1選手を含む3選手プラス金銭との交換トレードでシカゴ・ホワイトソックスに移籍するが、最終的にリーグ最多の13敗を喫する。1982年1983年は共に11勝7敗を記録。1983年はチームが地区優勝を果たし、オリオールズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第3戦でリリーフしたが1死しか取れずに降板し、チームは1勝3敗で敗退した。1984年2月15日、前年に成立したトレードの見返りとしてフィラデルフィア・フィリーズに移籍。4月13日モントリオール・エクスポズ戦でピート・ローズに通算4000安打となる二塁打を打たれた。同年は14勝を挙げるが、1985年は6勝に終わり、12月6日に戦力外となり、現役を引退した。

投手としての球種はカーブ、チェンジアップ、スライダー(1974年頃から使用)「米書 guide to pitchers」より

引退後

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2008年9月28日

1989年にメッツの殿堂入りを果たした。

クーズマンのメッツ在籍時の背番号「36」。
ニューヨーク・メッツの永久欠番2021年指定

2019年に古巣・メッツ在籍時の背番号『36』が永久欠番に指定されることになり、翌2020年に欠番表彰式が行われる予定だった[1] が、新型コロナウイルス感染症の影響により欠番表彰式は延期され、指定から2年経った2021年8月28日に改めて欠番表彰式が執り行われた[2]

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
1967 NYM 9 3 0 0 -- 0 2 0 -- .000 105 22.1 22 3 19 4 0 11 0 0 17 15 6.04 1.84
1968 35 34 17 7 -- 19 12 0 -- .613 1058 263.2 221 16 69 8 8 178 8 0 72 61 2.08 1.10
1969 32 32 16 6 -- 17 9 0 -- .654 957 241.0 187 14 68 11 4 180 7 2 66 61 2.28 1.06
1970 30 29 5 1 -- 12 7 0 -- .632 884 212.0 189 22 71 14 2 118 7 3 87 74 3.14 1.23
1971 26 24 4 0 -- 6 11 0 -- .353 694 165.2 160 12 51 4 1 96 7 0 66 56 3.04 1.27
1972 34 24 4 1 -- 11 12 1 -- .478 692 163.0 155 14 52 7 6 147 9 0 81 75 4.14 1.27
1973 35 35 12 3 -- 14 15 0 -- .483 1071 263.0 234 19 76 6 4 156 3 0 93 83 2.84 1.18
1974 35 35 13 0 -- 15 11 0 -- .577 1118 265.0 258 16 85 7 7 118 8 1 113 99 3.36 1.29
1975 36 34 11 4 -- 14 13 2 -- .519 1018 239.2 234 19 98 6 4 173 7 7 106 91 3.42 1.39
1976 34 32 17 3 -- 21 10 0 -- .677 994 247.1 205 19 66 7 1 200 3 1 81 74 2.69 1.10
1977 32 32 6 1 -- 8 20 0 -- .286 940 226.2 195 17 81 8 4 192 2 4 102 88 3.49 1.22
1978 38 32 3 0 -- 3 15 2 -- .167 986 235.1 221 17 84 11 8 160 5 1 110 98 3.75 1.30
1979 MIN 37 36 10 2 -- 20 13 0 -- .606 1101 263.2 268 19 83 4 3 157 2 1 108 99 3.38 1.33
1980 38 34 8 0 -- 16 13 2 -- .552 1022 243.1 252 24 69 5 5 149 2 1 119 109 4.03 1.32
1981 19 13 2 1 -- 3 9 5 -- .250 404 94.1 98 8 34 7 0 55 1 1 49 44 4.20 1.40
CWS 8 3 1 0 -- 1 4 0 -- .200 113 27.0 27 2 7 0 0 21 1 0 10 10 3.33 1.26
'81計 27 16 3 1 -- 4 13 5 -- .235 517 121.1 125 10 41 7 0 76 2 1 59 54 4.01 1.37
1982 42 19 3 1 -- 11 7 3 -- .611 726 173.1 194 9 38 3 2 88 4 2 81 74 3.84 1.34
1983 37 24 2 1 -- 11 7 2 -- .611 730 169.2 176 19 53 2 6 90 5 0 96 90 4.77 1.35
1984 PHI 36 34 3 1 -- 14 15 0 -- .483 950 224.0 232 8 60 5 3 137 6 2 95 81 3.25 1.30
1985 19 18 3 1 -- 6 4 0 -- .600 433 99.1 107 14 34 3 3 60 2 2 56 51 4.62 1.42
通算:19年 612 527 140 33 -- 222 209 17 -- .515 15996 3839.1 3635 290 1198 121 71 2556 89 29 1608 1433 3.36 1.26
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録

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脚注

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外部リンク

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