鹿屋中央高等学校
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鹿屋中央高等学校 | |
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北緯31度22分59.3秒 東経130度52分36秒 / 北緯31.383139度 東経130.87667度座標: 北緯31度22分59.3秒 東経130度52分36秒 / 北緯31.383139度 東経130.87667度 | |
過去の名称 | 鹿屋商業高等学校 |
国公私立の別 | 私立学校 |
設置者 | 学校法人前田学園 |
校訓 | 真・善・美 |
設立年月日 | 1968年(昭和43年) |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 | 人間科学科 |
学校コード | D146310000162 |
高校コード | 46519E |
所在地 | 〒893-0014 |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
鹿屋中央高等学校(かのやちゅうおうこうとうがっこう)は、鹿児島県鹿屋市にある私立の高等学校。1968年(昭和43年)、商業高等学校として創立した[1]。学校の設置者は学校法人前田学園。
概要
[編集]略称は「鹿屋中央」のほかに、主に大隅半島では「中央」と呼ばれている(なお県内で他に「中央」を含む高等学校は鹿児島中央高校、出水中央、薩摩中央、国分中央、種子島中央の5校がある)。
学科
[編集]- 人間科学科
- 文理コース(男女)
- 進学コース(男女)
- 体育コース(男女)(硬式野球部、女子バレーボール部、レスリング部、剣道部)
- 教養コース(男女)
- 調理コース(男)
- 食物コース(女)
沿革
[編集]年表
[編集]- 1968年(昭和43年) - 4月、「鹿屋商業高等学校」として創立。
- 1969年 - 4月、校歌を制定。
- 1981年 - 4月、調理科を設置。
- 1983年 - 4月、「鹿屋中央高等学校」に改称(現校名)。普通科・医業業務科を設置。
- 2003年(平成15年) - 普通・商業・医療事務・調理の4学科を統合し、人間科学科を新設。
基礎データ
[編集]交通アクセス
[編集]- 鉄道
部活動
[編集]バレーボール部は2006年の高校総体で優勝している[2]。硬式野球部は2014年夏(第96回)に大隅半島からは初めての夏の甲子園へ出場している[3]。
運動部
[編集]- バレーボール(女子)★ - 旧春の高校バレー 3回出場、春の高校バレー 5回出場、高校総体 出場
- 硬式野球★ - 全国高等学校野球選手権大会 1回出場
- レスリング
- 剣道★
- 弓道
- サッカー(男子)★
- 硬式テニス
- 女子ソフトテニス
- バドミントン
- 卓球
- ソフトボール(女子)★
- バスケットボール
- 空手
文化部
[編集]- 吹奏楽★
- 書道
- 放送
- 調理クラブ
- IT
- 簿記
- 文芸同好会
- インターアクトクラブ
- ★は強化指定部
不祥事
[編集]硬式野球部で暴力いじめ退学
[編集]硬式野球部で2014年(平成26年)5月から8月にかけ部内で暴力があり、部員の2年生5人が部員の1年生1人を平手で叩く蹴るなど行い、1年生は退学した。この事件を日本高野連は悪質ないじめと判断した。いじめた側の2年生には秋の大会に出場した部員もいた[4]。
著名な出身者
[編集]高校関係者組織
[編集]- 鹿児島県鹿児島中央高等学校 同窓会 - 同窓会。固有の団体名は無し
高校関係者一覧
[編集]この節では学歴を公表している著名人のみ記載しています。無出典で芸能人などを追加するとプライバシー問題(ケースB-2)として記述が削除されることがあります。 |
- スポーツ
- 上屋敷綾(元バレーボール選手 JTマーヴェラス所属)
- 亀山努(元プロ野球選手)
- 亀山忍(俳優、タレント)
- 新鍋理沙(元バレーボール選手 久光製薬スプリングス所属)
- 戸柱恭孝(プロ野球選手)
- 福倉健太郎(元プロ野球選手)
- 別府修作(元プロ野球選手)
- 松山竜平(プロ野球選手)
- 鈴木勇斗(プロ野球選手)
脚注
[編集]- ^ “沿革”. 学校法人前田学園 鹿屋中央高等学校. 2021年2月8日閲覧。
- ^ “栄光の記録 全国高等学校総合体育大会バレーボール競技 女子の部” (日本語). 高体連バレーボール専門部 2024年8月27日閲覧。
- ^ “【2014夏の甲子園】鹿児島代表・鹿屋中央、2回戦で涙” (日本語). 産経新聞. (2014年8月19日) 2021年2月8日閲覧。
- ^ “鹿屋中央 処分上申 部内暴力で日本高野連 悪質ないじめと判断” (日本語). スポーツニッポン. (2014年11月26日) 2021年2月8日閲覧。
参考文献
[編集]- 鹿屋市史編さん委員会・編 『鹿屋市史 下巻(改訂版)』 鹿屋市、1995年3月、477 - 479頁。