HAZOP
HAZOP(Hazard and Operability Studies)とは、元々、リスク特定のため、複雑なプロセスや装置に対して行う手法である。
化学工業、原子力、製鉄などの装置産業で、事故などの原因が、原料、材料、燃料などの気体・液体の流量の調整との関係で、電磁バルブの所で分析すると効率がよいという経験則から一般化した方式として用いるようになった。現在では、化学プラントにかかるセーフテイ・アセスメントの「 プロセス安全性評価(第4段階)」において、「第3段階の危険度ランクがIのプラントについては、プロセス固有の特性等を考慮し、フォルトツリー解析、HAZOP、FMEA手法等により、危険度ランクがIIのプラントについては、What-if分析等により、潜在危険の洗い出しを行い、妥当な安全対策を決定する。」という形で 労働省労働基準局長から通達がでている[1][2][3]。当初は時間の量・質である早(early)、 遅(late)、 前(before)、後(after)を含まない検討・報告がある。
電磁バルブは電気制御であるため、国際電気標準会議の規格 IEC 61882:2001 Hazard and operability studies[4] となり、2016年に第二版を発行している。IECの設計審査規格[5]関連規格にFTA、 FMEAがある。IEC 61882はJISにはなっていない。JISでは、ISO/IEC 31010 Risk management - risk assessment technologiesが、JIS Q 31010リスクマネジメント リスクアセスメント技法[6]になっており、HAZOPの概説がある。
学会の学会である日本学術会議主催の安全工学シンポジウムでは、HAZOPに関する報告、提案がある[7][8][9][10]。
また、日本人による海外での発表もあり[11][12]、 英語での論文一覧がある[13]。
誘導語(guide word)
[編集]誘導語(guide word)として、無(no)逆(reverse)他(other than)大(more)小(less)類(as well as)部(part of)早(early)遅(late)前(before)後(after)という11語で分析する。国際規格になるまえには、無(no)逆(reverse)他(other than)大(more)小(less)類(as well as)部(part of)の7語を用いることもあった。「大小類部」は空間の質と量の逆現象、「早遅前後」は時間の質と量の逆現象を表している。この4種類8語はこれ以上減らすことはできない。「無逆」は、存在と方向の逆現象である。「他(other than)」は「逆(reverse)」以外の方向とその他のものすべてを分類するための箱と考えるとよい[14]。
これらの単純な発想は、子供から容易に気がつくことができるため、子供向け教材も存在する[15]。アメリカMITのNancy Revsonの手法、STAMP (Systems-Theoretic Accident Model and Processes) /STPA (System Theoretic Process Analysis) もHAZOPの誘導語をより具体的にしたものと考えることができる[16]。また、HAZOPは設計の前、設計中、設計後の3度実施するとよいこと、1回目の分析は速度重視で、無(no)大(more)小(less)だけでも効果があることなどの知見がある[17]。
適用範囲
[編集]物質の流れでは化学工業、原子力発電、製鉄所などでの適用がある[18][19][20]。
物質の流れだけでなく、電子の流れ、情報の流れに適用して、電気回路・電子回路、情報システムの分析にも用いるようになった[21][22][23][24][25][26][27]。金融のようなお金の流れにも適用している[28]。作業改善、事業管理(project management)などの汎用的な管理方法での取り組みも進んでいる[29][30]。
学術論文検索などで見ると、医療関係の取り組みが増えている[31][32][33][34][35]。また、他の具体的な誘導語に基づく手法との連携を容易にするために、TRIZの40の原理と組み合わせた研究も進んでいる[36]。
道具
[編集]FTA、 FMEA用の道具と同様、HAZOP用の道具として表計算ソフトを用いる場合がある。また複数の手法でデータを共有できる専用ソフトウェアも販売されている。例えば、日本国内では構造計画研究所が販売しているSTATURE[37]、Wavefrontが販売しているHAZOP+[38]などがある。
よくある誤解
[編集]- 時間がかかる どういう使い方をしなければいけないという手法ではなく、空間・時間の上限・下限の合計8種類、存在・方向の逆などの、ありえない想定外を洗い出すための手法として用いることができる。そのため、想定外が一つだけみつけることに集中した使い方をすれば、他の手法より短時間で想定外をみつけることができる。
- 抽象的でわかりにくい FTAの頂上事象、FMEAの故障モードなどを洗い出すために用いると有効であり、抽象度が高いため単独で用いることに拘る必要がない。他の手法で洗い出した事象を、顧客、他の分野の専門家への説明をわかりやすくするために、整理しなおす方法として用いてもよい[39]。
- どこまでやればよいかわからない 何を目的で利用するかで、最初に目標を決めればよい。FTAの頂上事象、FMEAの故障モードを洗い出し以外に、例えば、「従来考慮していなかった想定外を一つでも洗い出す」「他の手法で洗い出したものに漏れがないか確認する」「利害関係者を集めて共通認識になっていない事を一つでも洗い出す」「熟練者と初心者の違いを確認する」など。
- 早遅前後は追加的であるため実施しない 電気制御、電子制御、論理回路、計算機を利用している場合には、同時に発生したり、事象の早遅という量的な面と、前後という質的な面の両方を検討していないと振舞が異なる可能性があり、省略しては安全性が確認できない。人手だけの処理で、電気・計算機を利用していない場合であっても、手順の前後、早い遅いが致命的になる可能性がある。予備実施の場合や、現状から一つだけでも問題を洗い出したいなど、最終判定でない段階で、特定の項目に絞ることはありえる。最初から最後まで考慮しなくてもよいという項目は原理的にはない。
事例
[編集]- 新日鉄名古屋、2004年[40]
- プラント・機械装置(東芝)、2006年[41]
- 東ソー 南陽事業所 第二塩ビモノマー製造施設の爆発火災事故、2011年[42][43]
- 高圧ガス保安協会 リスクアセスメントガイドライン、2015年[44] - 連続系HAZOP、バッチ系HAZOPに分類している。バッチ系HAZOPでは、さらに細かく手順HAZOP、バッチ反応HAZOP、シャットダウン(ESD: Emargency Shut Down) HAZOPに分けている。
参考文献
[編集]- IEC 61882:2001 Hazard and operability studies (HAZOP studies) - Application guide. http://www.iec.ch
- IEC 61882:2016 Hazard and operability studies (HAZOP studies) - Application guide.
脚注
[編集]- ^ 化学プラントにかかるセーフテイ・アセスメントに関する指針 - 平成12年3月21日基発第149号(2000年)
- ^ プラントの安全性評価 松岡俊介, 日本防災システム協会, 2007,
- ^ プラント安全性評価の最新事情 ~HAZOPの有効な適用方法について~ インターリスク総研災害リスク情報 第47号, 2013,
- ^ International Electrotechnical Commission
- ^ IEC 61160:2005: Design Review - International Electrotechnical Commission
- ^ JIS Q 31010(日本産業標準調査会、経済産業省)
- ^ ETSSを利用した機能安全対応スキル判定と教育訓練 小川清,渡部謹二,斉藤尚希(名古屋市工業研究所),堀武司,奥田篤(北海道立工業試験場), 水口大和(産総研), 吉岡律夫(日本システム安全研究所), 渡辺登(SESSAME), 安全工学シンポジウム2008
- ^ 安全分析,状態記述と形式手法に着目した安全教育とスキル,堀 武司, 小川清, 斉藤直希, 渡部謹二, 森川聡久, 服部博行,安全工学シンポジウム2009
- ^ HAZOP 手法の展開,小川清, 斉藤直希, 渡部謹二, 安全工学シンポジウム2010
- ^ 安全関連系の設計のためのHAZOPの展開, 小川清,斉藤直希,渡部謹二, 安全工学シンポジウム, 2011
- ^ Risk Assessment System for Verifying the Safeguards Based on the HAZOP Analysis - Atsuko Nakai , Kazuhiko Suzuki, (IJACSA) International Journal of Advanced Computer Science and Applications, Vol. 5, No. 10, 2014
- ^ An application on Hazard and operability Study for digital system, Ogawa Kiyoshi,5th World Congress for Software Quality, 2011, Shanhai
- ^ HAZOP diary(安全分析日誌) - researchmap
- ^ 小川清「想定外を減らす 11 個の「魔法の言葉」Eleven“Guide Words”to Eliminate the Unexpected」『技術士』、日本技術士会、2017年2月、p16-19、ISSN 03891488。
- ^ ちょけねこたんじょうびのおくりもの - ちょけむさ, 2015
- ^ Engineering a Safer World - MIT Press, 2011
- ^ An application on Hazard and operability Study for digital system, Dr. Kiyoshi Ogawa, 5th World Software Quality Congress
- ^ 化学プラントの セーフティアセスメント - 東洋エンジニアリング(株) エンジニアリング統括本部 HSEエンジニアリング部 角田 浩, 平成22年度第4回化学物質リスクコミュニケーション
- ^ HAZOPの活用による安全設計へのアプローチ~プロセス設計技術を応用しリスク低減へ~ - 三菱ケミカルエンジニアリング株式会社
- ^ 安全セミナー「安全性評価手法-HAZOP手法の詳細と応用-」 - 化学工学会 安全部会
- ^ ソフトウェア要求仕様におけるHAZOPを応用したリスク項目設計法 - 河野哲也, ソフトウェアテストシンポジウム2012
- ^ ソフトウェア対象FMEA/HAZOPプロセスにおける形態素解析を用いた故障モード抽出, 中西恒夫. 吉村賢治. 乙武北斗. 古庄裕貴. 田辺利文.電子情報通信学会技術研究報告2017.3.3・4, 116(493),特集 知能ソフトウェア工学
- ^ 誘導語の対称性を利用し一人HAZOPを組み合わせた効率的な安全分析作業 想定外をなくすためのHAZOPのすすめ - 小川清, WOCS2011, JAXA/IPA,2011
- ^ HAZOP分析によるソフトウェア異常動作検出条件の導出手法の提案と実装 , 日高隆博. 山崎二三雄. 中本幸一, 組込みシステム(EMB) Vol.2009-EMB-14 ,情報処理学会研究報告, 情報処理学会, 2009,ページ1-8, ISSN 1884-0930
- ^ 安全分析において,HAZOP, FMEA, FTAの組み合わせによる リスクアセスメントの進め方 - 小川明秀, 安全工学シンポジウム2015,日本学術会議, 2015.7
- ^ HAZOP Safety and Security 質疑応答編&当日記録 - 小川清, SWEST 下呂, 2017
- ^ ソフトウェア開発におけるHAZOP入門 - 株式会社デンソークリエイト 柏原一雄, JaSST'18 Tokai, 刈谷, 2018
- ^ 金融情報システムへのHAZOP手法の適用,益田美貴. 高野 研一.,安全工学 / 安全工学会,49(2) (通号 275) 2010,ページ104~114, ISSN 0570-4480
- ^ 効果的なプロジェクト振り返り手法の提案 - SWOR分析にHAZOPガイドワードを取り入れた分析方法 - 水野智仁, SPI japan 2012, 2012
- ^ 製品、作業、人に着目した 効率的な作業診断の実践 - 飯田卓郎, 山内一資, 丹羽友治,市川知典, 村上孝, 近藤聖久, 北野敏明, 小川清, JAXA/IPA 第8回クリティカルソフトウェアワークショップ
- ^ 新たなリスク分析手法(Hazard and Operability Analysis:HAZOP)を活用した転倒・転落原因構造関連図の作成, 小松佳子. 角田由美子. 大川 淳,日本医療マネジメント学会雑誌,日本医療マネジメント学会, 10(4) 2010.3,ページ593~599,ISSN| 1881-2503
- ^ HAZOP 誤嚥・嚥下障害のリスクマネジメント,山脇正永, 大川淳, 清水充子, 戸原玄, 千葉由美, 野村 徹, 医歯薬出版株式会社, 2009, ISBN 978-4263731215
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- ^ 医療HAZOPを用いた脊椎脊髄外科領域の初期研修者に対する医療安全教育,大川淳,臨床整形外科 2006年4月号
- ^ 高木伸夫、非定常HAZOPの基本手順と進め方 安全工学 2014年 53巻 4号 p.244-251, doi:10.18943/safety.53.4_244 安全工学会
- ^ 安全分析におけるHAZOP-TRIZ連携の試み,小川明秀, 安全工学シンポジウム2016,日本学術会議, 2016.7
- ^ IHSリスクマネジメントの製品(プラットフォーム)一覧 - ウェイバックマシン(2015年7月3日アーカイブ分)構造計画研究所.2020年1月11日閲覧。
- ^ HAZOP+ : 信頼性解析ソフトウェア - 株式会社ウェーブフロント
- ^ 安全分析基礎とその説明手法の紹介 (PDF) Embedded Technology WEST 2015 2015.06.10, グランフロント大阪 (株)デンソークリエイト 小林展英
- ^ 『名古屋新設ガスホルダーの運転開始について』(プレスリリース)日本製鉄、2004年4月16日 。2020年1月6日閲覧。
- ^ プラント・機械設備のリスク分析・安全度水準(SIL)評価サービス - 東芝レビューVol.61 No.11,2006
- ^ 『南陽事業所 第二塩化ビニルモノマー製造施設爆発火災事故調査対策委員会 報告書について』(プレスリリース)東ソー株式会社、2012年6月13日 。2020年1月6日閲覧。
- ^ “<講演内容>「化学工場の火災爆発はHAZOP手法で予防出来るか」 技術士会近畿本部化学部会で講演 高橋明男”. 関西中小企業を強くする会 (2002年10月11日). 2016年6月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月6日閲覧。
- ^ リスクアセスメント・ガイドライン(概要版) - 高圧ガス保安協会