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藤本祐司

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
藤本 祐司
ふじもと ゆうじ
生年月日 (1957-02-16) 1957年2月16日(67歳)
出生地 日本の旗 日本 静岡県浜松市
出身校 早稲田大学法学部卒業
ミシガン州立大学大学院コミュニケーション学科修士課程修了
前職 三和総合研究所職員
参議院議員
現職 東海大学観光学部教授(学部長)
所属政党民主党→)
民進党野田G
称号 コミュニケーション学修士

選挙区 静岡県選挙区
当選回数 2回
在任期間 2004年7月 - 2016年7月
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藤本 祐司(ふじもと ゆうじ、1957年2月16日 - )は、日本の元政治家(前:参議院議員)。現在は、東海大学観光学部観光学科の教授 [1]2019年4月1日東海大学観光学部の学部長に就任。

2009年から2010年にかけて国土交通大臣政務官鳩山由紀夫内閣菅直人内閣)を、2012年には内閣府副大臣野田第3次改造内閣)を務めた。

経歴

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生い立ち

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静岡県浜松市出身。静岡県立沼津東高等学校を経て早稲田大学法学部卒業[2]ミシガン州立大学大学院コミュニケーション学科修士課程修了。1989年三和総合研究所に入社。2004年UFJ総合研究所を退社。衆議院議員細野豪志はUFJ総研時代の同僚。

参議院議員

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2004年第20回参議院議員通常選挙に、民主党公認で静岡県選挙区から出馬。自由民主党坂本由紀子山下善彦、民主党が藤本・海野徹をそれぞれ2人ずつ擁立し、定数の2議席を争う混戦を制して初当選する(自民党前職の山下、民主党前職の海野は共に落選し、新人2人が当選)。

2009年9月に発足した鳩山由紀夫内閣において、国土交通大臣政務官に就任[注 1]。2010年6月に発足した菅直人内閣において、再び国土交通政務官に就任した。同年7月の第22回参議院議員通常選挙で民主党の公認候補として立候補し、再選された[7]。同年9月、菅直人改造内閣発足に伴い、同大臣政務官を退任。

2012年10月、野田第3次改造内閣において内閣府副大臣に任命され、行政改革社会保障・税一体改革及び公務員制度改革行政刷新等を担当[8]、同年12月の第2次安倍内閣の発足に伴い、同副大臣を退任。

2015年8月、翌年7月の第24回参議院議員通常選挙には出馬せず、政界引退を表明した[9]

大学教授(現職)

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2016年4月、東海大学観光学部観光学科の専任教授に着任[10]

2019年4月、東海大学観光学部の学部長に就任[11]

政策

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著作

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  • 「2004年日本はこうなる『マニフェスト元年 政治のパラダイムが変わる』」〈講談社〉
  • 「再考!都市再生」〈UFJ総合研究所・風土社〉
  • 「1997年日本はこうなる『ゆとり観光立国に向けての国際観光振興』」〈講談社〉
  • 「ローカル・マニフェストによる地方のガバナンス改革」 〈ぎょうせい〉
  • 「福祉国家の観光開発: 北欧の新産業戦略と日本」〈彩流社〉

脚注

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注釈

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  1. ^ 官庁営繕事業建設業取引緊急適正化センターの設置、不動産市場安定化ファンドの設立・運営のための調査、整備新幹線整備事業、鉄道整備等基礎調査、国土計画土地政策あるいは水資源政策、都市計画地域づくりまちづくり半島振興、離島振興、北海道開発成長戦略を担う観光行政などを担当した[3][4][5][6]

出典

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関連項目

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外部リンク

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議会
先代
加藤敏幸
日本の旗 参議院国土交通委員長
2013年 - 2014年
次代
広田一
公職
先代
石田勝之
後藤斎
吉田泉
末松義規
中塚一宏
日本の旗 内閣府副大臣
白眞勲
松宮勲
今野東
大島敦
前川清成
園田康博と共同

2012年
次代
西村康稔
伊達忠一
寺田稔
坂本哲志
赤羽一嘉
井上信治