1947-1948シーズンのBAA
1947-1948シーズンのBAA | ||
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ボルティモア・ブレッツ | ||
期間 | 1947年11月12日-1948年4月21日 | |
観客動員数 | 773,273人 | |
ドラフト | ||
レギュラーシーズン | ||
トップシード | セントルイス・ボンバーズ | |
スタッツリーダー | ||
得点 | マックス・ザスロフスキー | |
プレーオフ | ||
ファイナル | ||
チャンピオン | ボルティモア・ブレッツ | |
<1946-47 |
1947-1948シーズンのBAAは、アメリカ合衆国男子プロバスケットボールリーグBAAの2回目のシーズンである。BAA(Basketball Association of America)とは1946年6月6日に設立された、アメリカ初の全米プロバスケットボールリーグであり、現在のNBAの前身に当たる。シーズンは1947年11月12日に始まり、1948年4月21日に全日程が終了した。
シーズン前
[編集]ドラフト
[編集]BAA(NBA)初のドラフトが開催され、クリフトン・マクニーリーが全体1位指名を受けたが、彼を指名したピッツバーグ・アイアンメンはシーズンを前に解散してしまった。結局マクニーリーがプロの世界でプレイすることはなく、その後高校のバスケットコーチとなった。2位指名を受けたグレン・セルボも、彼を指名したトロント・ハスキーズが解散してしまったため、プロデビューを果たすのはBAAがNBAに変わった1949-50シーズンになってからだった。また日系アメリカ人のワッツ・ミサカがニューヨーク・ニックスから指名を受けている。
ドラフトに掛けられずにNBA入りした選手にはハリー・ギャラティン、アンディ・フィリップ、ジム・ポラード、カール・ブラウン、レッド・ロシャらがいる。
撤退と加入
[編集]BAAは設立から2年目を迎えたが各チームは資金難に苦しみ、早くも撤退チームが現れ、クリーブランド・レベルズ、デトロイト・ファルコンズ、トロント・ハスキーズ、ピッツバーグ・アイアンメンがリーグから離脱。リーグは当初の11チームから7チームにまで減少した。その穴埋めとして、BAAのライバルリーグであるABL(American Basketball League)から、後のワシントン・ウィザーズであるボルティモア・ブレッツを引き抜いた。
旅費の節約のため、レギュラーシーズンの試合数は前季の60試合から48試合に減らされた。各デビジョンから上位3チームがプレーオフに進出する(つまりプレーオフに出られないのは2チームのみ)。
シーズン
[編集]イースタン・デビジョン
[編集]チーム | 勝 | 負 | 勝率 | ゲーム差 |
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フィラデルフィア・ウォリアーズ | 27 | 21 | .563 | – |
ニューヨーク・ニックス | 26 | 22 | .542 | 1 |
ボストン・セルティックス | 20 | 28 | .417 | 7 |
プロビデンス・スチームローラーズ | 6 | 42 | .125 | 21 |
ウエスタン・デビジョン
[編集]チーム | 勝 | 負 | 勝率 | ゲーム差 |
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セントルイス・ボンバーズ | 29 | 19 | .604 | – |
ボルティモア・ブレッツ | 28 | 20 | .583 | 1 |
シカゴ・スタッグズ | 28 | 20 | .583 | 1 |
ワシントン・キャピトルズ | 28 | 20 | .583 | 1 |
スタッツリーダー
[編集]部門 | 選手 | チーム | 記録 |
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得点 | マックス・ザスロフスキー | シカゴ・スタッグズ | 1,007 |
アシスト | ハウイー・ダルマー | フィラデルフィア・ウォリアーズ | 120 |
FG% | ボブ・フィーリック | ワシントン・キャピトルズ | 34.0% |
FT% | ボブ・フィーリック | ワシントン・キャピトルズ | 78.8% |
※1969-70シーズン以前はアベレージよりも通算でスタッツリーダーが決められていた。
各賞
[編集]- All-BAA First Team
- C エド・サドウスキー, ボストン・セルティックス
- F ジョー・ファルクス, フィラデルフィア・ウォリアーズ
- F ハウイー・ダルマー, フィラデルフィア・ウォリアーズ
- F ボブ・フィーリック, ワシントン・キャピトルズ
- G マックス・ザスロフスキー, シカゴ・スタッグズ
- All-BAA Second Team
シーズン概要
[編集]- シカゴ・スタッグズのG-F、マックス・ザスロフスキーはこのシーズン唯一の通算1000得点を達成し、得点王となった。前季の得点王ジョー・ファルクスは5試合欠場したことが響き、2年連続の得点王はならなかった。
- リーグ全体のフィールドゴール成功率は28.4%、平均得点は72.7得点だった。
準々決勝 | 準決勝 | ファイナル | |||||||||||
W2 | ボルティモア・ブレッツ | 2 | |||||||||||
E2 | ニューヨーク・ニックス | 1 | |||||||||||
W3 | スタッグズ | 0 | |||||||||||
W2 | ブレッツ | 2 | |||||||||||
E3 | ボストン・セルティックス | 1 | |||||||||||
W3 | シカゴ・スタッグズ | 2 | |||||||||||
W2 | ブレッツ | 4 | |||||||||||
E1 | ウォリアーズ | 2 | |||||||||||
W1 | セントルイス・ボンバーズ | 3 | |||||||||||
E1 | フィラデルフィア・ウォリアーズ | 4 | |||||||||||
ボルティモア・ブレッツがBAA加入1年目にしてファイナル制覇を成し遂げた。ブレッツが2連覇を目指すフィラデルフィア・ウォリアーズを降し、優勝を決めたファイナル第6戦では、ブレッツの選手兼ヘッドコーチだったバディ・ジャネットが、ウォリアーズのジョージ・セネスキーとの接触で唇を切った。試合終了直後にすぐに切った箇所を縫ってもらい、その後のビール掛けに参加した。